この世には、神仏様を信じる人間と、信じない人間がいます。
なぜ神仏様を信じる人間と、信じない人間がいるのでしょうか。
それを一言で言えば、御縁になると思います。
神仏様を信じる人間は、神仏様との御縁ある人間であり、神仏様を信じない人間は、神仏様と御縁ない人間であると言えるでしょう。
また、御縁にも浅い御縁と、深い御縁が御座います。
神仏様と御縁ない人間は、神仏様の御守護なく現世を生きます。
神仏様と御縁ある人間は、神仏様の御守護を賜りながら、現世を生きます。
神仏様を信じない人間は、御守護や御利益すら信じないので、理解しがたいと思いますが、神仏様の御守護あるか否かによって、現世での運命は激変します。
そんな中で、最も違いが出るのは最期の時です。
苦しい時の神頼みという言葉が御座います。
神仏様を信じず生きてきた人間も、最期の時は神頼みという場合が御座います。
しかし、普段から神仏様を信じず生きてきた人間には、神仏様も振り向きは致しません。
一方で、普段から神仏様を信じて生きてきた人間には、神仏様から救いの手が差し伸べられます。
実際の話しとして、最期の時に神仏様に救いを求めるも、神仏様は首を横に振るということがあり、最期の時に救いを求めることで、奇跡的に生きるということは実際に御座います。
苦しい時の神頼みでは駄目です。
時すでに遅しで御座います。
普段から神仏様の存在を信じて、普段から信仰されること推奨します。
あなた様の目には見えなくとも、神仏様が救いの手が差し伸べて下さいます。
特に聖天様の御守護は最強です。
合掌
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